こんにちは。
うちだ広大です。
ブログやSNSでたまに流れて来る、ポエム投稿を目にしてしまうのですが、結構カウンセラー(自称)さんに多いですよね。
最近では、〇〇流など、協会を作って、資格ビジネスが横行しているので、養成講座でお金を払えばそういったなんたちゃらカウンセラーになれる人が増えています。
特にアメブロはその総本山で、ダブルワークしながら、まだ心が癒えていない資格を得た自称カウンセラーの人が他人に対して肯定しましょう!
認めましょう!と自己アピール満載のブログやSNSを発信しています。
肯定しましょう!
肯定しましょう!
ってお前はサウザーか!とツッコミを入れたくなります。
自己肯定感を高めましょう!
といっているのは、それはわかるけど....
それができたら苦労しないよ...って本当に悩んでいる人、痛みを抱えている人は思うのではないでしょうか?
「自分のありのままを肯定しましょう!」と言われても、できないからこそ苦しんでいるのではないでしょうか?
悩みを抱えるお客様の本当の心を理解せずに、自分の意見を肯定しろ!と訴えているのは、個人的にはただの暴力にしか見えないと思っています。
あなたの経験を押し付けるのは相手を肯定していない
肯定ハラスメントを行う人は、自分がよくなった、うまくいったという自分の都合で、自分の物差しで世界を見ています。
だから、肯定しましょう!と言いながら、相手を肯定する気は無いのです。
全て、自分からの発信になります。
その人のブログって、こんな感じでは無いですか?
昔の私はこうだったから...
でも今の私は、〇〇に出会って毎日が幸せで、なんでも許せます。
とか、自分の主観で物事全てを思い通りにコントロールしたい人は、世の中や、自分の価値観と違う誰かを常に攻撃していたりします。
「私を認めて」って心では叫びながら。
そんな人と会話すると最終的には全ての話題が、その人の話になってしまう。
なんてことはないですか?
または、自分の話ばかりするんですよね。
それってなんも肯定してないやんって思うのです。
最近やたらとみる、肯定しましょう!というワード。
以前の「ありのまま教」のように蔓延していますが、私は、SNSを中心としたこのような流れに対して、客観的に見ておかしさと、恐怖を感じます。
あなたも違和感を感じませんか?
なんでも肯定しましょう!自己開示しましょう!ということこそが押し付けの暴力である。
肯定ハラスメントをする人は、全てを受け入れましょう!
全部肯定しましょう!と押し付けます。
そして、自己開示こそが、自肯定感が高まったからできることだ!と言っています。
自己開示って、辛かった自分、過去のダメだった、マイナスだった自分を曝け出すことではないんですよね。
自分のありままの姿を開示すること。
マイナスもプラスもどちらも抵抗なく何も気にしない状態だと思います。
そして、自己肯定とは、どんな自分であってもその状態、現状を「ただ認めること」です。
自肯定感が高くなったと言って、自分の話しばかりの人、幸せアピールする人、自分は変わったアピールする人って、それを誰かに同調して欲しい、認めて欲しいからアピールするんですよね?
それって自己肯定感低いやろ?と思うのですよね。
自肯定感が上がっていたら、別に同調もいらないし、誰かにわかって欲しいとかも思う必要がないはずです。
自分がそうだと認めればいいわけですから。
それをわかって!とやっているのは、承認欲の塊で自己肯定感低いよねと私は思っています。
とにかくなんでも肯定しましょう!と押し付けて、自分はこうだった!と相手の為を思ってとマウントとるんですよね。
相手の本当の心の痛みを気づいていない人って肯定教を布教したいだけの暴力なのではないかと思います。
結局自分と同じような人を集めているでしょ?
同調者を集めているのって自分を認めて欲しいというだけなのではないかと勝手に思っています。
答えを求めて迷っている人は狙われる
肯定!肯定!と相手の心のそこにある痛みを見ようともせずに肯定をお客様に強要しているような自分の経験談しか書けていないブログをよく見かけます。
そこに群がる人って、思考停止しているんですよね。
答えが欲しい人なのです。
そこにいけば救われると迷いまくっている人なんですよね。
このように心に闇を抱えている人たちを食い物にするビジネスって最近ものすごく多いです。
私は、「承認欲求ビジネス」と呼んでいますが、肯定ハラスメントも「承認欲求ビジネス」なのです。
薄っぺらい表面だけを認めて、受け止めて、肯定して、そして、私の体験を押し付ける。
決してその悩みの奥底を見ようとしないから、根本の解決ができていないのです。
肯定することって自分と向き合い自分を認めることだと思う
自分のやることなすことをなんでも許すのは、ただの自己正当化です。
自己肯定ではありません。
自己肯定感を高めるには、自分とまずは向き合うことです。
そして、どんな自分でもそのまま感じること。
自分の感情をそのまま受け取ること。
あぁ自分は今こう思っているんだ!とただ感じること。
自分と向き合うからこそ、自分を知ることができるのはないでしょうか?
自分の心を感じるのです。
なんでもOKという思考停止ではなく、なんでも自分を認めることが自己肯定感が上がるのでもないと私は思っています。
なんでも自分を許して認めるのは私は絶対に違うと思うんですよね。
それはただの正当化です。
自分を律しないといけない時もあるのですから。
良いも悪いも自分でジャッジしないという感じでしょうか。
その上で、自分と向き合ってそれってどうなんだろうと?まずは感じること。
他人のこと、周りの目ではなく、なぜ自分はこう思っているんだろう?
なぜ、自分は今このように感じているのだろう?
なぜここに反応するのだろう?
と相手のせいや、相手や周りばかり気にするのではなく、自分はどうなのだろう?と意識を向けることです。
そのように考えていかないと自分を感じることはできないと思います。
情報発信での集客も自己肯定感、自己開示を浅い解釈だと一瞬だけの集客で苦しみます。
自己開示できた=自己肯定感が上がったという解釈している人は、自分の問題をちゃんと捉えられていないのではないかと思うのですよね。
自己開示=承認がセットになっている人が多いなぁと思うのです。
これは集客も同じで、自己開示すれば認めてもらえると勘違いしている人は、最初は同調者が集まりますが、同じようにわかって欲しいという人達ばかり集まってしまうので、次第にうまくいかなく自分自身が疲弊していくでしょう。
そして、マウントの取り合いとなっていくのです。
自分は克服したというジャッジをし、克服してない同調者を勝手にジャッジしているのですよね。
無意識に。
最初は集まりますよ。
自己開示しろ!ってよく巷ではコンサルなども言いますよね。
それで共感させろって。
ですが、それって共感ではないと思うのですよね。
同調しているだけであって、共感ではないんですよね。
だから、すぐに離れていくのです。
そもそも本当の意味での自己開示もできてなく、承認されるための自己開示です。
自己肯定感は全く上がっていないのですから、最終的に認められないのですよね。
同調者を集めては自分は間違ってない!とやっているのがそもそもおかしいのです。
そんな自分に気づくことがまずは上手くいくための第一歩ではないかな?と思います。
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